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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)87号 決定

再抗告人 森昭

主文

本件再抗告を棄却する。

再抗告費用は再抗告人の負担とする。

理由

再抗告人は「原決定を取消す。再抗告人からなした訴訟移送の申立は理由がある。本件に関する費用は相手方北楯叔輔、本田富の負担とする。」との裁判を求め、その理由として、別紙再抗告理由書記載のとおり主張した。

抗告理由第一点に対する判断。

本件記録によれば再抗告人が第一審裁判所の昭和二十九年四月十七日なした移送申立を却下した決定に対し抗告をなしたのは同年四月二十三日で、原決定が同年一月十七日付でなされていることは、再抗告人主張のとおりであるが、原裁判所は昭和三十年二月四日原決定について更正決定をなして、右日付を同年一月十七日と更正した。上記昭和二十九年一月十七日との決定の日付が明白な誤謬であることは、本件記録によつて明であるから、右更正決定は正当であるといわなければならない。そうだとすれば、原決定は再抗告人の抗告の申立後になされたもので、再抗告人主張のように、抗告の申立がないのに裁判をなしたのではないから、この点に関する再抗告人の主張は理由がない。

抗告理由第二点ないし第四点に対する判断。

原決定は再抗告人主張のように、民事訴訟法第三〇条第一項による移送の申立を却下する決定は本来職権でなすべきもので、そのことを理由としての移送の申立は職権の発動を促す申立であるから、これを却下した決定に対しては第三三条の適用がないとして、再抗告人の抗告を不適法として却下した。第三〇条による移送の申立は職権の発動を促す申立であること原決定判示のとおりであり、職権の発動を促す申立を却下した決定は、原則として、原決定のいうとおり、即時抗告を許さないと解すべきである。ただ、たとえば記録上、当事者の立証その他によつて訴訟物の価額が十万円を超えることが明なのに拘らず、裁判所が当事者の移送の申立を却下したような場合に限つては、その決定に対し即時抗告を許すと解するを相当とする。このように解しても、再抗告人主張のように、第三三条、第四一〇条及び憲法第三二条の規定になんら違反するものではない。しかして、再抗告人の再抗告の理由は民事訴訟法第三〇条第一項の移送の申立を却下した決定に対しては、常に抗告ができるとの趣旨であること明かなのみならず、本件訴訟物の価額が明に十万円を起えるものであることは本件記録によつてもまだ認めることはできない。

故に再抗告人の抗告を却下した原決定は相当であると解する。

民事訴訟法第三一条ノ二による移送の申立は、原決定のいうように第一審裁判所に申立をなさないで、抗告裁判所に直接に申立をすることが許されないのはもちろんでこう解しても第三三条、第四〇条及び憲法第三二条の規定になんら反するものではない。

故に、原決定は相当で本件再抗告は理由がないから、本件再抗告を棄却し、主文のように決定する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

再抗告理由

第一点抗告人(被告)森昭、相手方(原告)北楯叔輔、相手方(原告)本田富間の東京簡易裁判所昭和二九年(ハ)第七九号室明渡請求事件について抗告人は昭和二十九年四月十七日東京簡易裁判所へ訴訟移送の申立をなしたところ同裁判所はその理由がないとして昭和二十九年四月十七日訴訟移送申立却下の決定をなし、右決定は同日抗告人に告知されたので、抗告人は該決定に対し、昭和二十九年四月二十三日、原裁判所たる東京地方裁判所(以下原裁判所と称す)に訴訟移送申立却下の決定に対する抗告の申立をなしたところ、原裁判所は昭和二十九年一月十七日「抗告審の決定」記載の如き決定をなした。原裁判所の右決定は抗告人の訴訟移送申立却下の決定に対する抗告の申立以前になされたものであるから、原裁判所のなした右決定は民事訴訟法第四百十六条の規定に違背した無効の決定であると思料する。一歩譲つて原裁判所のなした決定を仮りに法律上、有効な決定であるとしても、次の第二点乃至第四点の理由によつて原決定は民事訴訟法第三十三条及び第四百十条並びに日本国憲法第三十二条の各規定に違背しているものと思料する。

第二点原決定によれば、民事訴訟法第三十三条の規定は訴訟の移送の申立を却下した裁判に対しては即時抗告ができる旨明記しているけれども、右にいわゆる移送の申立を却下した裁判とは、同法第三十一条及び同法第三十一条ノ二の規定にもとずく移送申立の却下決定を指称するものであつて、同法第三十条第一項の規定にもとづく移送申立却下決定はこれを含まないと解し、抗告人の東京簡易裁判所に対してなした訴訟移送の申立は前記訴訟(東京簡易裁判所昭和二九年(ハ)第七九号室明渡請求事件)が東京簡易裁判所のいわゆる事物管轄に属しないことを理由に同法第三十条第一項の規定にもとづく移送の裁判を求める趣旨の申立であるから、右の申立を却下した東京簡易裁判所の決定は、同法第三十三条の規定にいわゆる移送の申立を却下した裁判には該当しないものと解し、したがつて、抗告人は東京簡易裁判所の決定に対し、同法第三十三条の規定にもとずいて即時抗告をなすことはできないものと説明し、更に原裁判所は、抗告人が東京簡易裁判所の決定に対して即時抗告以外の抗告をなすこともまた許されないとして、東京簡易裁判所の決定に対してなされた抗告人の抗告は結局不適法として却下すべきものであると説明せられた。しかしながら民事訴訟法第三十三条には、訴訟の移送の申立を却下した裁判に対しては即時抗告ができる旨、規定してあり右にいわゆる移送の申立を却下した裁判とは民事訴訟法第三十一条及び同法第三十一条の二の規定に基く移送の申立却下の決定のみを指称するものではなく、同法第三十条第一項の規定にもとづく移送の申立却下決定をも含むものである。即ち民事訴訟法第三十三条には「移送ノ裁判及移送ノ申立ヲ却下シタル裁判ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」とあり、これは単に同法第三十一条及び同法第三十一条の二の規定による移送の申立を却下した裁判のみに対して、即時抗告をなすことができるものと限定したものではなく、事件の当事者がその事件に関して移送の申立をなしたあらゆる場合を指称するものであり、従つて広義の訴訟移送申立却下決定に対して即時抗告をなすことができるものと解するのが民事訴訟法第三十三条の規定の趣旨から考えても明白である。よつて民事訴訟法第三十条第一項の規定にもとずく訴訟移送の申立却下決定に対しては、同法第三十三条の規定による即時抗告をなすことはできないものと解した原決定は、民事訴訟法第三十三条のいわゆる移送の申立を却下した裁判の解釈を誤まつたものであり、よつて原決定は民事訴訟法第三十三条の規定に違背するものと思料する。

第三点東京簡易裁判所のなした訴訟移送申立却下決定に対し、抗告人は前記即時抗告以外の抗告もまたなすことを許されないと原裁判所が説明したことは、口頭弁論を経ずして訴訟手続に関する申立を却下した決定に対しては抗告を為すことができると規定した民事訴訟法第四百十条の解釈を誤まつたものであり、よつて原決定は民事訴訟法第四百十条の規定に違背するものと思料する。

第四点訴訟移送の申立を却下した東京簡易裁判所の決定は、民事訴訟法第三十三条のいわゆる移送の申立を却下した裁判には該当しないものであり、よつて抗告人は東京簡易裁判所のなした訴訟移送申立却下の決定に対し、民事訴訟法第三十三条の規定にもとづいて即時抗告をなすことができないと原裁判所が解釈したこと及び、東京簡易裁判所のなした訴訟移送申立却下の決定に対し、抗告人は即時抗告もまたなすことは許されないと原裁判所が解釈したことは、いづれも裁判所において裁判を受ける権利を奪はれたものであり日本国憲法第三十二条の「何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」の規定に違背するものと思料する。

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